徳岛大学創立60周年に向けて

徳岛大学長 青野 敏博
徳岛大学同窓会連合会会員の皆様にはご清栄のこととお慶び申し上げます。徳岛大学は昭和24年に新制の国立大学として創設され、来年には創立60周年を迎えることになりました。創立当初は学芸学部、医学部、工学部の3学部の体制でしたが学部の新設や改組を経て、現在では総合科学部、医学部、歯学部、薬学部および工学部の5学部を擁する総合大学に発展しています。この間に55,000人を超える卒业生を社会に送り出し、徳島県下のみならず全国的に活躍されていることは誠に喜ばしく思います。
平成16年に国立大学が法人化され、運営費交付金は年々減少し続けていますが、これを補うためには競争的資金の獲得が大切です。徳岛大学では21世紀COEプログラム、大学教育改革支援事業、科学研究費補助金、さらには大学知的財産本部整備事業、知的クラスター創成事業、中小企業産学連携製造中核人材育成事業などの資金を獲得して参りました。しかし、その内大型予算は平成19年度に終了するものが多く、現在新たに申請をしている段階です。
さて、徳岛大学には各学部を中心に8つの同窓会があり、それぞれの活動を続けておられます。平成18年には各同窓会が連合し、相互に連絡をとり力を合わせて母校の発展に寄与しようとの気運が高まり、平成18年に「徳岛大学同窓会連合会」が結成されました。同年6月と平成19年5月に交流会(びざん会)が阿波観光ホテルなどで盛大に開催され、学部を超えて同窓生が集まり、懇親の実をあげることができました。
平成21年は徳岛大学の創立60周年にあたりますので関係の皆様が全員参加型の記念事業を実施する予定であり、開学記念日の平成21年11月2日を中心に(1)記念式典?祝賀会の挙行、(2)記念講演会や音楽会などの開催、(3)各学部の同窓会を中心とした Homecoming Day の実施、(4)記念誌の発刊などを考えています。
これら事業の経済的基盤として、齋藤前学長を会長とする創立60周年記念事業後援会を作り、教職員はもとより卒业生、地元各界の皆様にも趣旨をご理解いただき、募金をお願いしているところです。寄附金は上記事業のほか常三島と蔵本のキャンパス施設の整備や大学基金の充実にも役立てるつもりです。
徳岛大学に課せられた3つの使命、すなわち教育、研究、社会貢献を着実に果たすには同窓生の皆様の大学に対するご理解とご支援が不可欠です。何卒よろしくご協力賜りますようお願い申し上げます。
同窓会の活动状况
渭水会(総合科学部同窓会)

理事長 濱田 治良
教育学部が総合科学部へと改組されたのに伴って徳岛大学教育学部同窓会も発展的に改組され徳岛大学渭水会となりました。徳岛大学渭水会々報の第1号(昭和61年12月)を飾っている当時の渭水会々長田中繁夫先生の「渭水会によせて」の挨拶文には次のような文章が掲載されています。「本年度から学部の改組によって徳岛大学教育学部は徳岛大学総合科学部として新発足し、それに伴い長い伝統と歴史を持つ同窓会も教育学部同窓会から徳岛大学渭水会として新出発することになりました。
元々『渭水』とは中国の渭川(甘粛省に発し陕西省にて黄河に合流の川)のことで、古文书にも所载のように城山を『渭山』、徳岛城を『渭津城』、助任川を『渭水』と呼ぶようになったと言われます。古く师范学校时代から『渭水会』、『渭水会馆』、『渭水寮』など懐かしい名称が使われ、今この名前が同窓会の会名に决まったことは往时を知る人には懐古の情に堪えないものがあると思います。」このように渭水会の名前の由来は记されています。
そして渭水会は徳岛県内の各郡市别と徳岛県教育委员会そして高校に支部が置かれる体制で出発しました。その后、平成9年に渭水会の改组が行われました。その改组で郡市别の支部は「幼稚园」「小学校」「中学校」「高等学校」「一般」に再编されました。そして平成14年には関西支部が発足しました。総合科学部への改组から22年が経过しようとしています。その间、総合科学部は中学校一种、高校一种、そして大学院では専修の教员免许状を出しながら教育界にもささやかながら几ばくかの贡献をしてきました。
しかし総合科学部の卒业生が増え、渭水会の状況も大きく変わることになりました。そこで、教員養成が主であった教育学部以前の卒业生と一般学部へと変わった総合科学部の卒业生が共に集える同窓会の組織へと変更が検討されています。この改組では学校種別の支部、一般支部、そして関西支部から成った支部組織をなくし、渭水会の組織を一元化させて渭水会を運営していくことが考えられています。従来の支部組織が時代の趨勢、渭水会の実情に合わなくなってきたことが今回の改組の理由となります。
青蓝会(医学部医学科同窓会)

会長 渡辺 恒明
「青蓝会」は、徳島の「藍」と荀子の「青は藍より青し」と杉田玄白の蘭東(学)事始の「青藍の器」に因み、明治になって福沢諭吉が蘭学事始を復刊した。前身の医学専門学校と医科大学を含め総卒业生は約5,200名、現会員は約4,800名で、徳島のみならず、北海道?東京?中部?近畿?奈良?岡山?広島?香川?徳島?愛媛?高知?九州の支部があり、全国的に臨床、研究、教育などの広範な分野で活躍している。
事务局は医学部构内の南西の隅?眉山侧にある东円西方型の青蓝会馆の2阶にあり、専任2名が事务を処理している。青蓝会馆は30周年记念募金で建设され、大学に寄赠された。大小会议室、レストラン、ゲストルームなどを备え、维持费の一部を负担している。
会の运営に関しては、総会?评议员会?支部长会议を7月の海の日に开催、役员会を年约3回、その他に会报编集?讲演会実行?青蓝会赏选考?青蓝会馆运営などの各委员会を月に1~2回开催している。
年2回の「青蓝会報」と、3年に1回の「名簿」を平成19年12月に刊行した。40歳未満の若手研究者に対する「青蓝会賞」は受賞者の3分の1が他大学を含め教授に任用されるなど権威が高まっている。「MD-phD奨励賞」は基礎医学研究者育成のための入学金の助成である。「学術講演会」は医学界の各方面のトップを招聘して大学祭の時期に公開し、平成19年度は川島康生循環器病センター名誉総長が「心臓外科の喜怒哀楽」(座長青野敏博学長)と題し、50年を振り返った研究と臨床の体験を熱く語られ、学生にも深い感銘を与えた。その他に新入生歓迎会?卒业生への記念品贈呈?ホームページの運用管理?青蓝会館の管理などが主な事業である。支部総会開催時には、会長など本部役員を派遣し、青蓝会出身教授に特別講演をお願いしている。
医疗における格差は数の问题である。大都会に医师が集中し地方に少ない。产妇人科?小児科?外科の志望者が极端に减少し、多人数を抱えていた外科においても不足の影响が出现している。救急医疗や时间外医疗が十分に対応できずにマスコミを騒がせている。研修医が都会に集中し、后期研修医の帰学が减少して医局运営にも支障を来し、さらには同窓会离れや会费纳入率の低下に繋がるのではないか危惧している。数の上での格差は医师の配置の无计画性が原因である。人口が减少し、医疗が进歩し、治る病気が多くなっているにもかかわらず、高齢者が増えただけで医师不足が起こるとは考えられない。医疗费削减を目的とした施策は不成功で、医师の偏在を招き、医疗サービスの过疎を招来し、医疗崩壊とまで言われるようになった。今また、医学部の定员増が図られているが、医疗费が増える原因となり、配置における格差は益々広がるだろう。问题の解决には、医疗の効率を考えた配置、女医の就业しやすい环境整备、过酷な业务に携わる医师と地方の医师の优遇策が必要であろう。
栄友会(医学部栄养学科同窓会)

会長 釆見 憲男
徳岛大学医学部栄養学科は、全国唯一の医学部にある栄養学科として、昭和39年に設置されました。また、栄養学科同窓会は、昭和48年8月に設立されました。以来30数年にわたり活動を続けております。本年4月には45期生を迎えており、会員総数も2,430名となっております。設立以来、徳岛大学医学部栄養学科同窓会という名称で活動してきましたが、一昨年の総会で栄友会と称することが決まり、現在は栄友会として徳岛大学同窓会連合会(びざん会)にも参加しております。
昨年度もほぼ例年通りの活動を行いました。総会は、ここ数年は日本栄養?食糧学会の開催に合わせて全国各地で行ってきましたが、徳島で開催を希望する声もあり、昨年度は5年ぶりに徳島で開催しました。40名あまりの同窓生に出席していただき、活発な意見交換ができました。総会の後には、卒业生である株式会社ダナフォーム?研究開発部長の三谷康正氏に「新規DNA増幅技術SMAP法」についてご講演をしていただきました。医学?生物学?食品学の新たな可能性を拓く新技術に、満席の会場は熱気に包まれていました。在学生にとっても先輩の活躍する姿は大いに刺激になったようでした。
総会の時以外にも、栄友会は、学生活動もいろいろとサポートしており、新入生歓迎会や卒业生送別会、阿波踊りなどの開催に対する支援、学生の就職や同窓生を招いての講演会などを行っております。今後も卒业生と在学生の交流の機会を積極的に設けるなど、在学生の支援を進めていきたいと考えております。
栄養学科は、昨年度で21世紀COEも一区切りを迎え、次の目標に向かって発展しようとしております。栄友会としては、同窓生の交流だけでなく、卒业生の立場で栄養学科の発展を引き続きサポートしていきたいと考えております。卒业生の皆様のご支援?ご協力をお願い申し上げます。
睦眉会(医学部保健学科同窓会)

会長 河田 明男
来る平成21年は徳岛大学創立60周年を迎えることとなります。創立以来の歩みを鑑み、さらには輝かしい前途を祈念して記念事業を行うこととなっております。当会は記念事業の成功を期して、応分の協力を行って参りたいと存じます。
医学部保健学科同窓会「睦眉会」は会员数6,000名を拥する医疗技术者集団の同窓会であります。构成职种は看护师、临床検査技师、诊疗放射线技师、助产师の4职种からなっております。いま、医疗の世界は激动の変革时期を迎えておりますことは、皆様新闻报道等ですでにご承知と存じます。小泉内阁から始まった「骨太の改革?痛みを伴う改革?叁位一体の改革」で知られる构造改革は、国家财政出动の変革と共に医疗のあり方を大きく変えようとしております。少子高齢化社会の现在、増大する国民総医疗费を抑制しつつ机能と安全を担保し地域医疗财政をも确保する。そんな矛盾する政策の遂行が求められ、医疗现场に於いては「医师不足」「ナース不足」が全国で见られております。またこの4月1日からは「后期高齢者医疗制度」が施行され多くの高齢者に混乱と不安?不満を与えていることは事実であります。
そのような毎日の医疗现场に於いて、様々な悩みをかかえて受诊される患者に対応している、各医疗技术纱の苦労は察してあまりあるものがございます。また、この厳しい现実に皆様个々の英知を结集して困难な状况を切り开いていく、その方策を考え実行し一定の成果を得る努力が出来るという事も今まさに可能な时代であろうと考えております。
さて职业の発展は教育にあると言われております。医疗职种の社会的认知と评価は医师?薬剤师をはじめとする6年间の大学教育を履修した方々とチームを组んで协働作业を行って行く事で得られると考えます。そのためには、より高度な教育を受けるシステムが必要となって参ります。责任と権限は表里一体の存在です。高学歴の人材と互して协働するには、资质の涵养が不可欠であります。
20年4月保健学科にも念願の博士課程が設置され博士課程1年 5名の在籍者を数えます。修士課程1年 20名、修士課程2年 15名が大学院の在籍者数であります。また19年度修士課程修了生は15名でありました。
以上のように保健学科は医疗分野に优秀な人材をより多く辈出することを念愿して、教员?学生ともに活跃しております。
蔵歯会(歯学部同窓会)

会長 薦田 淳司
平成20年3月に徳岛大学歯学部歯学科を26期生51名が卒業し、卒業人数は1,472名になりました。歯学部同窓会は平成2年に設立され、学び舎の所在地「蔵本」と「歯学」の頭文字をとった『蔵歯会』の名称で呼ばれています。同窓会本部以外には、関東、東海、滋賀、大阪、兵庫、岡山、香川、愛媛、高知、徳島の10支部と大学支部が設立されており、それぞれに講演会を開催したり会報を作成するなどの活動を行っています。本部同窓会では、庶務?渉外、広报、福利厚生、学術、会計の担当部署で27名の役員が執行に携わり、全国で活躍する会員の様々なニーズに対応しています。定期評議員会、総会、支部長会議を4月に開催し、年1回会報誌の発行、2年に1回会員名簿を作成しています。ホームページを开设し、グループウェアを活用するなど滨罢化を図り、迅速な会员へ情报提供や会务运営を行っています。
歯学部との連携も密にしており、毎年12月には歯学部と共同で進学?就職ガイダンスを開催しています。また4月の総会の後には歯学部6年次の学生を招いて支部説明会と懇親会を開催し、支部における歯科の状況を説明したり、進路相談を受けたりしています。また、平成21年に徳岛大学が創立60周年を迎えることから、蔵歯会も記念事業に参画して徳岛大学を支援しています。
平成19年4月に歯学部内に4年制の口腔保健学科が設立されました。3年後には歯科衛生士と社会福祉士の資格をもった卒业生が社会に出ていきます。蔵歯会は、口腔保健学科とその卒业生も支援していく予定です。
薬友会(薬学部同窓会)

会長 平岡 功
徳岛大学薬友会は徳岛大学薬学部と徳岛大学大学院薬学研究科の卒业生、在学生、教職員等によって組織され、その会員数は約4,900人です。その役割は母校発展の支援と共に会員相互の交流と親睦にあります。
また薬友会会員は全国各地で活躍していて、薬友会支部も北海道、関東、埼玉、近畿、岡山、広島、徳島、香川、愛媛、高知の10箇所あり、各支部ともお互いに刺激しあって、活発な交流会が開催されています。さらに薬友会の主な活動内容は1)会員名簿の発行、2)薬友会誌の発行、3)卒业生への記念品贈呈、4)支部大会の開催、5)創立記念事業などの各種事業等です。
最近の活動として、平成19年7月21日徳島で第2回徳岛大学薬学薬友会?薬学部教員交流会が開催され約70名(教員16名を含む)の参加があり、活発な交流と親睦が実施されました。次回は平成21年の開催を計画しております。
また本年5月には薬友会誌第10号を発刊する予定で着々と準备が进んでいます。
一方徳岛大学薬学部では4年制の創製薬科学科(40名)と6年制の薬学科(40名)の2学科制を採択し早くも3年目を迎え、平成22年からの病院や薬局での実習に先駆けての、実務に必要な知識を確認する試験と技能?態度を試す客観的臨床能力試験「OSCE(オスキー)」をスムーズに実施するための演習が、綿密な計画の下に実施されていて、大いなる成果が期待されます。
なお最近の薬剤师には、全医疗人に求められる人间力やチーム医疗に関する医疗系共通科目や临床能力を备えた先端医疗薬学科目等の习得を课し、「モノとしての薬が分かる薬剤师」のみならず「患者さんの心が分かり、问题解决能力のある薬の専门家」を目指すよう求められています。
徳岛大学薬学部ではこのような社会の要望に対応し、従来の伝統である「創薬研究」に加え「医療薬学」をも柱とした、時代の最先端ニーズに合わせた教育?研究を実施しています。
薬友会と致しましても母校発展のために出来る限りの协力、支援を考えて行きたいと思っています。皆様方のご指导ご鞭挞の程よろしくお愿い申し上げます。
工业会(工学部同窓会)

理事長 山本 紘一
徳岛大学工业会は会員相互の親睦並びに母校の隆昌を図り、進んで産業の発展に寄与することを目的としております。
母校は大正12年に徳島高等工業学校として創立され、昭和24年には徳岛大学が設置されて、工学部として大学に包括されました。その後、昭和29年には徳岛大学工業短期大学部も併設され、昭和39年に大学院修士課程、平成3年には大学院博士後期課程が設置されました。平成5年には徳岛大学工業短期大学部が廃止され、工学部に夜間主コースが設置されました。そして、平成18年から工学部は大学院重点化され、工学研究科はソシオテクノサイエンス研究部と先端技術科学教育部に改組されまして、教員は研究部に所属して、工学部および大学院教育部の博士前期課程と博士後期課程の学生の教育が行われるようになりました。この改組により、現在は工学部の卒业生および大学院教育部の修了生が新しい工业会正会員となっております。
工业会は、以上の創立から現在に至るまでの卒业生、修了生、在学生、教職員等によって構成され、会員は3万人近くになります。全国に16支部あり、それぞれの地域の会員の為に、支部長が選任され、支部活動を行っています。
工业会の活動としては工业会総会、支部長会議、支部総会の開催をはじめ、会員名簿の作成(隔年)、工业会会報の発行等を行っております。工学部への賛助金、先生方への国际交流助成金、卒业生及び修了生に対する表彰、就職の世話、大学地財本部との連携推進等を通じて工学部への援助も行っていきます。最近では卒业生を、無給ですが非常勤講師として招請し、交通費?宿泊費を工业会で出費することも行っております。またホームページを開設したり、電子メールシステムを立ち上げたりすることにより、本部と支部、支部と会員との連絡を容易簡便なものにしようとしております。更なるサービス活動の充実を目指して工业会としての寄付金制度も設けたところです。この寄付金は卒业生へのサービスの一環としてホームカミングデイの実施、学会等大会会場経費支援、工学部設備や環境整備支援等、工业会の活動資金の充実に使われる予定です。今後は卒业生に対する工业会のPRにも力を入れ、工业会の活動をより活性化して行きたいと思っております。
徳岛大学は法人化され、競争原理が働く弱肉強食の世界へと投げ出されました。大学としてのブランド力を高めていく手段を模索するため、「びざん会」の役割も期待しております。
六一会(大学开放実践センター同窓会)

会長 吉岡 滋
六一会は、ご案内のように、大学开放実践センターの公开讲座で学ぶ受讲生とセンター教职员によって构成された组织であり、昭和61年、センター创设の年に结成されました。讲座间の垣根を取り払い「大学生涯学习」という学びの绊で结ばれた同窓会です。の创生、これこそ六一会创设时以来の原点であり目标です。
六一会の目的は、従前は、相互の亲睦、知识の向上、センター発展への协力という3项目でございましたが、平成19年度より、地域文化?芸术の振兴、并びに社会福祉の増进への寄与、という2项目を追加いたしました。同窓会である六一会としても、いわゆる社会贡献事业に积极的に踏み出す时が来たと认识しております。
その意味で、私たち自身が、公开讲座における学びを更に発展させ、レベルアップする必要があります。それと共に、本学の学生や各学部?学科の同窓会、あるいは他の机関との连携活动を行うことが重要になってまいりました。これらを通じて、徳岛県における生涯学习の拠点であるセンターの発展?充実に协力して参りたいと思料しております。
ところで、文化は豊かな心の母体であり、高贵なる人间性を养います。大学开放実践センター及び六一会の活动について、是非皆様のご支援とご参加をお待ち申し上げる次第です。一人一人が参加することにより、出会いの喜び、楽しい学习、ひいては地域文化の振兴が図られます。
本学同窓会连合会の皆様におかれましても、大学生涯学习の拠点であるセンターで学びながら、かつまた、六一会にご入会いただき、仲间とともに楽しく活动し、健康で生きがいに充ちた人生を送られることを念愿しております。今后ともセンター并びに六一会に対してご支援?ご协力を赐りますよう宜しくお愿い申しあげます。
- 1.各种センター事业へのサポート:研究会、讲演会、公聴会、防灾训练等の共同开催
- 2.徳岛大学教員による講演会?研究室探訪:(1)「おいしい水と環境」徳岛大学名誉教授池田早苗先生、(2)「健康づくりのための身体活動」及び総合科学部小原研究室探訪徳岛大学教授小原 繁先生、(3)「吉田松陰に学ぶ」徳岛大学教授廣渡修一先生
- 3.大学祭への参加、学生との交流?連携:(1)食生活改善フェア(スローフード相談?とれとれ市?簡単レシピ付)、(2)徳岛大学美術部共催並木展学生17名?六一会25名及び講演会「現代美術の愉しみ方」近代美術館主任学芸員吉原美恵子(3)受講生学習?研究発表会等
- 4.独自の讲演会「郷土の先人に学ぶ」の开催:「长井长义先生の足跡」前副学长渋谷雅之先生
- 5.研修旅行:幕末を駆けた青年志士に触れる萩と津和野の旅
- 6.同好会活动:句会?吟行の俳句倶楽部「彩云」、大学祭?県立文学书道馆での朗読会「はしばみ」、各地の展覧会?ビデオによる名画鑑赏の「美术馆倶楽部」
卒业生紹介
各界でご活躍される卒业生をご紹介します。
渭水会

佐藤 久子 さとう ひさこ
徳島県女子師範学校本科第二部 昭和15年卒業
学校法人四国大学 副理事長?学園長
四国大学附属幼稚園 園長
富田乳児保育所、寺島西福祉保育所 理事長
昭和63年 藍綬寶章受賞
平成8年 勲三等寶冠章受賞
佐藤氏は、徳岛県女子师范学校卒业后、昭和15年4月に训导として阿南市富冈小学校で、昭和17年4月からは徳岛市新町小学校で教鞭を执られ、昭和17年10月に学校法人四国大学创立者の故佐藤カツ氏に夫妇养子縁组されたのをきっかけに、故佐藤カツ氏の创设した徳岛服装女学校に勤务され、昭和24年4月には同女学校长に就任されました。
昭和36年4月に学校法人徳岛家政短期大学が创立して以来讲师として勤务され、昭和41年4月には四国大学附属幼稚园长に就任されました。また、昭和44年9月には学校法人四国女子学园(徳岛家政短期大学の名称変更)の理事长に就任され、平成4年4月には学校法人四国大学と名称を変更し、同年10月に社会福祉法人四国大学福祉会を设立し、西富田乳児保育所および寺岛西福祉保育所の理事长に就任されました。
平成14年8月には学校法人四国大学理事长を退任されましたが、副理事长、学园长として现在も现役で活跃されています。
青蓝会

開發 展之 かいほつ のぶゆき
医学部医学科 昭和39年卒業
高知赤十字病院 院長
専門分野 外科学
昭和39年に徳岛大学医学部を卒業後、第二外科学講座(主任故高橋喜久夫教授、現?生体防御腫瘍医学講座病態制御外科)に入局して外科医療に従事。昭和49年から昭和60年まで助手、講師として勤務。その後、高知赤十字病院に移り、平成10年より現職。
平成11年2月、高知赤十字病院は臓器移植法が成立后、初めて脳死判定を実施、我が国初の臓器提供施设となる。当时、マスコミに大きく取り上げられ、心臓?肝臓?肾臓?角膜が移植された。肺は医学的理由で移植されなかった。开发氏は我が国の第一例として脳死移植医疗の幕开けに贡献された。
また、地域の中核病院の院长として、安全で良质な医疗を提供すると共に、赤十字の使命である灾害时における医疗救护活动への积极的な参加と支援を行っている。
栄友会

中村 丁次 なかむら ていじ
医学部栄養学科 昭和47年卒業
神奈川県立保健福祉大学教授?保健福祉学部学部长
社団法人 日本栄養士会会長、日本臨床栄養学会理事
日本栄养改善学会理事、日本静脉経肠栄养学会评议员他
昭和50年 聖マリアンナ医科大学病院管理栄養士
昭和62年 医学博士授与(東京大学)
平成15年 神奈川県立保健福祉大学教授
平成11年 厚生大臣表彰
平成17年 日本栄養改善学会学会賞
中村氏は、本学栄养学科卒业后、圣マリアンナ医科大学病院において管理栄养士として活跃されてこられました。一贯して临床现场にあって、多くの患者様の栄养管理に携わっておられます。また、常に新しい食事疗法の研究を重ねてこられ、それらの业绩により东京大学医学部より医学博士が授与されています。现在は、神奈川県立保健福祉大学教授として次世代の管理栄养士の育成に取り组まれています。
また、社団法人日本栄养士会会长として全国の管理栄养士?栄养士のトップとしてもご活跃のほか、「厚生科学审议会地域保健健康増进栄养部会」、「保険医疗専门审査委员」、「食育推进会议」等、内阁府、厚生労働省、文部科学省、农林水产省などの委员を务めておられます。さらに、日本临床栄养学会理事や日本健康栄养システム学会理事など多くの学会の役员を併任されています。着书?テレビ出演なども多数なされており、名実共に日本の栄养学の第一人者としてご活跃されています。
睦眉会

三宅 武 みやけ たける
徳岛大学医学部附属衛生検査技師学校 昭和41年卒業
卒业后、徳岛鉄道病院、四国鉄道病院の临床検査室に勤务
昭和61年 田岡病院臨床検査室に勤務し、平成17年退職
平成17年 日本野鳥の会徳島県支部長に就任
临床検査技师として働きながら、四季折々の野鸟観察も昭和45年ころより愉しんできました。退职后は野鸟の世界に身も心も浸れる予定でしたが、日本野鸟の会徳岛県支部长を受ける事になりました。「人も野鸟も地球の仲间」と言われますが、运命共同体である大半の野鸟はすでに减少または絶灭危惧种にされています。地球规模の环境悪化阻止に対して、今こそ人间の英知が试されるときです。在任期间中は野鸟の代弁者となり、环境保护の警鐘を鸣らしていきます。
蔵歯会

尾崎 和美 おざき かずみ
歯学部歯学科 平成元年卒業 博士(歯学)
歯学部口腔保健学科 口腔保健支援学講座 教授
専門分野 齲蝕学、保存修復学、歯周治療学
平成元年 徳岛大学助手歯学部(歯科保存学第一講座)
平成12年 徳岛大学講師歯学部附属病院(第一保存科)
平成15年 徳岛大学講師医学部?歯学部附属病院歯科(第一保存科)
平成19年4月より现职
尾崎氏は卒业后、歯学部歯科保存学第一讲座に入局し、教育、研究および临床に従事してきた。研究においては一贯して象牙质龋蚀の発症?进行机序の解明を目指した検索を行い、特に酵素抗体法染色による龋蚀病巣内の特定细菌种の分布や龋蚀発症モデルにおける象牙细管侵入细菌の菌体内多糖の様态に関する结果を発表している。临床面では日本歯科保存学会ならびに日本歯周病学会の専门医として诊疗に携わっている。现在は、平成19年4月に新设された歯学部口腔保健学科の担当教官として、口腔保健および福祉の推进に指导的役割を担えるような医疗従事者の养成に取り组んでいる。
薬友会

内藤 真策 ないとう しんさく
薬学部製薬化学科 昭和49年卒業
株式会社大塚製薬工場 基礎評価研究部 副部長
内藤氏は卒业后一贯して创薬における薬物动态研究に従事し、トランスポーターの関わる光学活性体の研究により京都大学博士(薬学)を取得されました。
内藤氏が研究対象としているトランスポーターとは、薬理/毒性作用部位へ薬物?生理物质などの输送に関与する生体分子のことですが、内藤氏はトランスポーターがある种の鋭敏なバイオマーカーとなること、さらに体内でのトランスポーターの分布から机能と相互の関连性を推定できることを见いだし、第22回日本薬物动态学会(2007年)では、ヒト?トランスポーターの分布に関する论文で2005年度を対象にしたベストダウンロード赏を受赏されています。
内藤氏の言叶をご绍介いたします。『この学会誌は大学に加えて多くの製薬公司も报告する英文机関誌であり、研究技术力が认められたものと自负しております。今回の受赏により、データの有用性、方法论の将来性が高く评価され、応用研究を进めることにより医薬品开発に贡献し、より安全で有効なくすり作りを目指しています。』
工业会

原田 新一 はらだ しんいち
工学部機械工学科 昭和43年卒業
神鋼テクノ株式会社 代表取締役社長
私は1970年、神戸製钢に入社しました。
热讲座で鋳造过程の热伝达を研究していまして连続鋳造设备の设计者を目指して入社しました。1974年から连鋳设计课に配属となり、1990年まで连続鋳造设备の设计に携わりました。神戸製钢社内の连鋳设备は全て私が设计しました。総计19机の连鋳机の受注?设计?製作?试运転?引渡しを行いました。贬辞迟-搁补苍(赤通し)时の感动は忘れられない思い出です。苦労の后の喜びです。
それから、神戸製钢の中国合弁公司であるタクシン公司の総経理として中国で2年间驻在しました。设计部长から小さいとはいえ公司の社长となることは大変な事です。どう判断してよいか解らない判断业务が毎日あります。しかし、判断しなければ、会社は前には进みません。
晴れて帰国すると、破砕机の机种部长となりました。设计と営业を両方见る立场です。3年目には初代破砕机工场长として、高砂に赴任しました。
2002年6月に神钢テクノ株式会社にお世话に成る事になりました。翌2003年6月に代表取缔役社长に就任しました。神钢テクノは神戸製钢の机械部门の全ての机种の生产设计?开発设计を请け负ております。神戸製钢机械部门のオンリーワン、ナンバーワン製品作りの里方としての役割を担っています。社员270名と协力会社员150名を含めて総势420名で顽张っています。
工业会

田原 克尚 たはら かつひさ
工学部土木工学科
昭和44年卒业、昭和46年修士课程修了。
昭和46年、広岛県庁に採用。昭和49年から昭和57年まで県庁道路建设课で道路事业の计画?设计?指导。その后、平成8年から平成9年に鹿児岛県道路建设课长、平成10年から平成11年には広岛県道路建设课长、平成12年に都市局次长、平成15年に技术管理総室长などを歴任。
特に、平成13年、14年は芸北地域事务所长として総务、税务、厚生、农林、土木行政の広范囲にわたる地域行政を阵头指挥。平成16年には、土木建筑部长に就任した。
平成17年、広岛高速道路公社理事长に就任し、现在に至る。この间、広岛高速1号线(东広岛滨颁経由で山阳自动车道接続)の供用を开始し,広岛都市高速道路のネットワーク拡大と全线供用开始に向け尽力している。
平成17年(社)全日本建设技术协会から谷口功労赏を受赏。元土木学会中国支部支部长。
工业会

平田 英二 ひらた えいじ
工学部機械工学科 昭和57年卒業
トヨタ自動車株式会社 お客様関連部
贩売店室长(担当部长)
昭和57年 トヨタ自動車工業株式会社入社。品質保証部に配属された後、昭和63年からToyota Motor Monufacturing,USA, INCへ3年間出向。その後、平成9年から4年間、Toyota Motor Sales, USA, INC、平成17年からの3年間、Toyota Motor Engineering&Manufacturing,North America, INCと都合10年間、3回の米国駐在を経験。トヨタ自動車における北米での市場品質スペシャリストとして20年以上にわたり活躍。平成20年より現職(国内販売店担当)
トヨタ自动车にとって、米国市场は今では国内を凌驾する最大のマーケットであり収益源となっている。そのベースは米国での现地生产であり、米国で贩売される半数以上の车は北米で生产されている。もちろん米国でも、品质?耐久性はトヨタの最大のアピールポイントであるが、昭和63年の本格的な米国生产の开始と同时に米国に驻在し、以降、一贯して、米国の市场品质问题の早期発见?早期解决を担当し米国生产车両の品质确保に大きく贡献し、结果、市场の拡大に寄与してきた。
工业会

下村 浩二 しもむら こうじ
工学部 精密機械工学課 昭和59年卒業
下村設計 代表者
このような场所へ绍介されるとは、何とありがたいことでしょう。
私、ただ机械が好きなだけ、ものづくりが好きなだけで结构好き胜手をしてきました。卒业后、星电器製造(株)に就职し生产技术课にて电子部品の手作业による组立及び検査ラインの治工具を担当し、5年后には若気の至りでしょうか无谋にも独立してしまいました。バブルの终焉の时期とはいえ若造が天狗になるには十分すぎる环境でした。その后バブルも终わり色んな歪みが我が身を袭う、一种の罚といえるでしょう。
現在では、心ある方々に助けられ 技術的かつ人情的な御指導をいただき パナソニックの中央研究所や最先端技術研究所では研究開発におけるメカ部分の設計を担当、パナソニックプラズマディスプレイのガラス基板生産装置の設計、シャープ(株)カラーコピー機のLSU(ブラックボックス)の光軸調整装置、三ツ星ダイヤモンド(株)様ではガラスのレーザー切断機、あきんど(回転すし)の鮮度管理システム、松下テクニカルサービスでは流通管理システムのメカ部製作(H18年度日本電波通信協会より最優秀賞を受賞)。と広範囲の業種に渡り設計、製作をさせていいただいています。ただ殆どが極秘契約となっており詳細に触れることができないことが残念です。
歯科技工士であった父の遗言として「技术屋は金を追うな!仕事を精一杯追いなさい!」???この言叶を身上とし切れ目なく仕事をくださることに感谢し忙しい毎日を送っています。
工业会

久保 康弘 くぼ やすひろ
徳岛大学工学部生物工学科 平成4年卒業
名古屋大学大学院人間情報学研究科 平成6年修了
国立大学法人东京农工大学客员准教授
国立大学法人富山大学発明审査会委员
久保康弘技術士事務所 代表 技術士(生物工学部門)?経営士
生化学工业(株)にて海外薬事规制(特に贵顿础-骋惭笔)への适合性确认业务やプロセス?バリデーション业务に従事。また、医薬品/化粧品/机能性食品の搁&补尘辫;顿(製法开発/工业化研究/贵厂)及び製造工程改善?生产性向上?品质设计及び改善业务に従事。
その后、(株)鲍贵闯キャピタル、及びソフトバンク?インベストメント(株)で、ベンチャー公司の発掘及び技术?市场性?事业成长性の検証?评価や、投资适格性调査?评価、既投资先公司の新规事业开発支援、事业再编成支援业务、経営コンサルティング业务や大学発ベンチャー公司の社外取缔役业务に従事。
現在 久保康弘技術士事務所(自営) MOTI(技術経営革新)コンサルティング&コーディネーション、新規事業開発支援、産学官連携支援、官公庁?金融機関向け技術評価や、工学鑑定?技術監査等の各種業務に従事。
工业会

滝内 邦弘 たきうち くにひろ
工学部知能情報工学科 平成5年卒業
日本電信電話株式会社 NTTサイバーコミュニケーション総合研究所 企画部 勤務
専門分野 知識処理工学、教育工学
滝内氏は、徳岛大学卒業後、北海道大学大学院を経て、平成7年4月にNTT情報通信研究所(当時)入所。現在の「e-ラーニング」の原型となる「インターネットを利用した知的教育システム」の研究開発、商品化に従事し、開発した知的教育システムは、現在NTTレゾナント社のイーキューブラーニング()のエンジンとして利用されております。
その后、狈罢罢労働组合役员、狈罢罢研究所の研究成果のビジネス化を推进するプロデューサ职等、を経て平成20年4月より现在の企画部に従事しておられます。
工学部知能情報工学科 矢野米雄教授のご指導のもと卒業研究で取り組んだ知的教育システムの研究を、入社直後の研究開発に大いに役立て、研究成果の商品化達成後、教育工学からは距離を置いて久しいとのことですが、その後 経験した様々な業務の進め方は、徳岛大学で学んだことがベースになっているとのことです。現在は、今後のNTT研究所の方向性を決定する部署での業務ということで、重責を感じながら多忙な日々を送っています。
六一会

六一会理事 酒司 スミ子 しゅし すみこ
私は、平成元年3月の定年退職後、徳岛大学大学開放実践センターの公開講座に魅力を感じ、数多くの講座を10余年続けて受講して参りました。
特に情报?技术関连の公开讲座で得た学习成果は、私なりに上がりました。现在、私自身のホームページ上に、「私の散歩道」というコーナーを开设しています。健康のためにと散歩している吉野川周辺の四季折々の表情をカメラに収めたものです。また、大学祭?センター祭では、研究発表もいたしました。更に、同窓会「六一会」のホームページを立ち上げ、会员の方々から讲演会?研修旅行?施设见学の记録やエッセイ、技芸?文芸作品等の原稿を収集すると共に、情报のアップや更新等の管理作业に従事しています。
その他、情报?技术讲座の市民ティーチング?アシスタントとして、受讲生の学习支援にも関与しております。少しでも公开讲座のお役に立ちたいとの思いから始めたことですが、この仕事は、私自身のともすると忘れかけた&辩耻辞迟;辉き&辩耻辞迟;と&辩耻辞迟;梦&辩耻辞迟;とを呼び戻してくれます。
高齢社会の一员として、生きがいのある人生を过ごすために、公开讲座を手立てとして、学びの楽しみを高扬し続けたいと思っております。今后とも「生きることは学ぶことである」をモットーに、私自身の学びを深めてゆく所存です。
| 徳岛大学同窓会連合会ニュースレター第3号 | |
|---|---|
| 発行日: | 平成20年5月26日 |
| 编集: | 徳岛大学同窓会連合会事務局 |
| 连络先: | 〒770-8501
徳岛市新蔵町2丁目24番地 国立大学法人徳岛大学総務部秘書課 |
| 电话番号: | 088-656-7006 |
| ファックス番号: | 088-656-7012 |
