
総合科学部人间社会学科
平井 松午 ひらい しょうご
豊田 哲也 とよた てつや
田中 耕市 たなか こういち
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平面の地図情报を立体的に活用
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応用范囲无限大の骋滨厂
例えば、古い地図と现在の地図との比较から景観変化をみたり、都市计画やエリアマーケティングのための调査をおこなったり、地図を利用したさまざまな分析技术において日々进歩しているのが骋滨厂です。
GIS(Geographic Information System)は「地理情報システム」と呼ばれ、デジタル化された地図画像とデータベースを結びつけ、空間的なデータを総合的に管理しようとする技術です。ビジュアルな地図表示や複雑で高度な計算が可能になり、迅速で的確な意思決定支援に役立ちます。
1960年にアメリカ?カナダでその构想が始まった骋滨厂のシステム(ソフトウェア)は、コンピュータの进化とともにどんどん高度化し、近年ではパソコンでも手軽に使えるようになってきました。
日本では1995年の阪神淡路大震灾の时に、骋滨厂の重要性が再认识されたと言われています。被灾者の安否确认や建物?道路など被害状况の把握から復兴计画まで、膨大な情报を纸の地図や手作业で扱うのは困难をきわめました。データを一元管理できる骋滨厂は、灾害时に大きな威力を発挥できることがわかったのです。
一般公司では、1993年から『マクドナルド』が骋滨厂を导入して立地调査や売り上げのシミュレーションをおこない、猛烈な出店攻势で他社を大きくリードしたことが有名です。その后、多くの公司が骋滨厂を导入するきっかけになりました。また私たちの身の回りでは、カーナビや携帯ナビなどにも応用されています。

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全国に先がけて「骋滨厂共同利用室」の设置
徳岛大学では2001年6月、全国の大学に先がけて、GISを本格的に研究?学習できる「GIS共同利用室」を開設しました。
「学内への骋滨厂の导入、共同研究室の设置に际しては斎藤前学长や石原元学部长にたいへんお世话になり感谢しています」と语る平井先生は歴史地理学の専门で、絵図や古地図の研究をしています。
実は徳岛大学の附属図書館は絵図の宝庫。伊能図や阿波国大絵図など貴重な絵図を約200点も所蔵。特に伊能図は西日本最多数の10点を所蔵しています。平井先生は2年間をかけて全点の調査とデジタル化を進めてきました。この成果のうち44点がWEB上で公開されています。→
平井先生は、それまでトレース台などを使って手书きしていた地図をデジタル化することに、国内では早い时期から取り组んできました。その中で骋滨厂に兴味を持ち始めたのです。
そんな思いを実現する推進力となったのが、1997年に京都大学から徳岛大学へやってきた豊田先生です。豊田先生の専門は都市地理学や経済地理学。まさにGISは研究にうってつけのツールです。そこで平井先生とともにプロジェクト予算を申請。国立大学としては全国初となる「GIS共同利用室」の設置が実現しました。
「私の研究は、地域の経済活动や生活环境などを数値化し、その実态を比较したり将来像を検讨したりすることです。こうしたデータの视角化に骋滨厂はもってこいですね。例えば、土地利用の変化や公共施设からの距离などを简単に计算し表示できます」

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骋滨厂を利用して地域社会に贡献
しかし骋滨厂そのものは二人にとって専门外の分野。当时は参考文献も少なく试行错误が続いたそうです。
少しでも多くの人に骋滨厂を知ってもらうためワークショップを开いたり、地域との连携を深めるため产业界や行政を交えたシンポジウムを开催したり。第一线の骋滨厂研究者を非常勤讲师として招き集中讲义もおこないました。
さらに当分野の充実のために骋滨厂の専任教官を公募。选ばれたのが当时东京大学空间情报科学研究センターに所属していた田中先生です。2003年10月に徳大に赴任してきた田中先生は交通ネットワークの研究が専门です。
「GISを用いた教育や研究に関して、徳大は国内の大学でトップクラスです。一人でも多くの卒业生がGIS関連の仕事に就けるよう、その普及に努めたいです」と田中先生。
ここに歴史地理学と都市地理学、そして交通ネットワークという时空を超えた骋滨厂チームが诞生。地域や地元产业、さらには灾害时への対応など骋滨厂を多角的に応用した研究が进められることになりました。
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[取材] 122号(平成18年1月号より)
