
工学部化学応用工学科
佐藤 恒之 さとう つねゆき
?
ポリマーの可能性に
生涯をかけて???
?
ポリマーは身近な存在
「ポリマー」という言叶は実に多くの私たちの身の回りにある製品(化合物)のことをさします。大雑把に言えば、热や薬剤等を使って変形させ、凝固させたもの全て???、例えば良く知られているものではプラスチックやビニール?ナイロン?涂装してから固まるペンキ?接着剤?ガラスなどはほとんどがポリマーを合成して作られた製品なのです。纸などの天然素材で作られたものも、その原料はセルロースという自然が合成したポリマーの一种です。
ポリマーに対してその合成に使われる前の素材の状态を「モノマー」と言います。単量体とか低分子化合物とも言われ、たいていは液体か粉末状をしています。正确に言えば、モノマーは単体(1つ)のことで、2つになると「ダイマー」、3つで「トリマー」で、ポリマーは多数が结合した状态を言います。
电车の车両(モノマー)と车両がつながった「列车」(ポリマー)の関係だと思ってください。そして车両をつなぐことを「重合」と言います。その中で最もよく用いられているのが、「ラジカル重合」です。
「私が大学へ入った昭和30年代前半はナイロンやビニール、プラスチックなどが登场してきて、高分子化学が新しい时代を开こうとしていた时でした。おのずと化学の世界をめざすならポリマーということになりました」と语る佐藤先生は、ポリマー合成(ラジカル重合)の研究に长年取り组んできました。そして多くの新规构造ポリマーの合成に成功、公司の製品开発にも贡献してきました。
?
新しいポリマーの开発
そんな先生が现在研究しているのが下図のような「高分岐ポリマー」です。
モノマーがポリマー合成されるとき、通常は数珠のように线状につながっていきます。ビニールやナイロンが柔らかく、引っ张れば伸びたりするのもこのためです。
これに対して「高分岐ポリマー」と呼ばれる3次元ポリマーは、モノマーが立体的?树木状につながっており、形が球状で多数の末端基を持ち、分子内に空隙(すきま)があります。また溶解性が高く、分子间の相互作用が小さいために、たくさん溶かしてもサラサラしていて、粘り気がないという特性があります。
佐藤先生は、生成されるポリマー粒子の径が5苍尘~20苍尘というナノ粒子で、分子量が非常に高い(数十万から数百万)にもかかわらず、高分岐ポリマーの特徴である溶液粘度の极めて低い、分子内の空隙もある「可溶性树木状高分岐ポリマー」の合成に成功、特许を出愿しました。
佐藤先生のこの可溶性树木状高分岐ポリマーの合成法は「开始剤组み込み重合」と名付けられ、ラジカル重合(最も汎用性の高い高分子合成法の一つ)が可能な全てのモノマーで応用でき、多种多様な高分岐ポリマーの合成ができるようになりました。
例えば、溶液粘度が低く、分子内の空隙に低分子化合物(染料の分子など)を包み込んだりできるため涂料やインクジェットプリンタのインクに応用するなど、多种多様な商品开発が可能になりました。

?
ポリマーの可能性は未知数
今年に入って、新しい発见がありました。
ポリマーを(ある溶剤で)溶かし、ガラスの上にのばして溶剤を気化させると、そこに薄い膜が残るのですが、この膜に顕微镜でのぞかないとわからないような小さな无数の丸い穴(直径约1ミクロン)ができるのです。それは何かの规则や法则があるかのような现象です。溶剤によって穴のでき方や大きさは违いますが、规则正しく穴が并んだ様子は、ポリマーの新たな性质の発见でしょうか?
良く似た现象は既にあったそうですが、それは湿度の高い状态でポリマー溶液中に水滴を作らせ、水分を取り除いたときに、空隙としてできるものでした。しかし今回の発见は今までのものとは明らかに违っているそうです。
この新しく発见された性质が、いったいどのような製品のどのような开発に役立つのかは、取材させていただいた时点ではまだわかっていません。
しかし研究し尽くされた、开発し尽くされた感のあるポリマーにも、まだまだ多くの可能性、未知の発见があるようです。
「大学でいると学生からエネルギーをもらえます。何か新しいことへの発想は若い人。発见は経験者の目。若い人と研究できるのは素晴らしい、ありがたいですね」佐藤先生はあと数カ月で定年となります。しかし、
「高分岐ポリマーはまだまだ未开発です。热い思いでこの研究を続けていきます」
と、その情热は若い人にも负けていません。
本年5月には、先生の高分子科学や高分子学会への贡献に対して、「高分子科学功绩赏」が赠られました。
?
![]() |
| 佐藤恒之氏 |
- 経歴
- 1963年3月徳岛大学工学部応用化学科卒業
- 65年3月大阪市立大学大学院工学研究科修士课程修了
- 67年4月大阪市立大学助手
- 70年9月工学博士(大阪市立大学)
- 76年10~77年9月ドイツ?マインツ大学フンボルト奨学生
- 85年5月徳岛大学工学部助教授
- 88年4月徳岛大学工学部教授
- 97年4~99年3月徳岛大学地域共同研究センター長
?
[取材] 121号(平成17年10月号より)

