东 丈夫 作词
一、
彩云(あやぐも)影を朝夕に 映す吉野の水清く
尽きせぬ流れ伝统の 夸りぞ高き学び舎に
固く结びし友垣の 四年(よとせ)の春を讃へなむ
あゝ我等徳大薬学部
二、
その名雄々しき剣(つるぎ)なる 峰をそびらにゆるぎなき
久远の真理仰ぎつゝ きびしき学の蕴奥(うんのう)を
求めて已まぬ若人に 美(は)しき理想の鐘ぞ澄む
あゝ我等徳大薬学部
叁、
鸣门に満つる青潮の 八重の涡なしひゞくとき
新しき世に幸あれと 希望はるかに集ひ来し
若き血潮の高鸣りて 生命(いのち)溢るゝ自治の苑(その)
あゝ我等徳大薬学部
学部歌の演奏 (WMA 1.94MB)
学部歌楽譜 (PDF 604KB)
徳岛大学薬学部歌は、本学部の前身、徳島高等工業学校の校歌に替わるものとして、昭和29年の徳岛大学薬学部設置記念式で公表されました。これに 先立ち歌詞が公募されましたが当選者がなく、最終的に、当時生薬学研究室教授であった東丈夫先生により作詞されました。先生は大阪薬科大学大学歌の作詞も 手がけておられます。
薬学部五十年记念誌に掲载された、『薬学部歌によせて』と题する东先生の手记には本歌词について次のように记されています。
&丑别濒濒颈辫; 私が徳岛に赴任してきたのが26年の夏であったが、以来あの素晴らしい彩云(あやぐも)の印象が忘れられず、いつかはなにかに表现してみたいと思っていた。
たまたま、李白の“早発白帝城詩” 「朝日白帝彩雲間、千里江陵一日還」を思い起こし、ここに彩雲がわが「徳岛大学薬学部歌」となった次第であるが、まったく"無地自容"の思いがする…
これに近藤良叁氏が曲をつけたものが、现在の学部歌です。しかし、时代とともに歌われる机会が少なくなりました。そこで、新しいホームページ作成を机に楽谱をもとに作成してみました。
学部歌作成协力:驹木根希
东 丈夫
明治43年生まれ。东京大学医学部薬学科卒业后、満州医科大薬専部教授、中华民国国立瀋阳医学院教授、大阪薬科大学教授を経て、昭和26年より本学生薬学研究室教授。台湾、旧満州などの薬材形态学を専门に研究。昭和51年、定年退官后、本学名誉教授。(故人)

