1月1日に発生した能登半岛地震に対して、日本赤十字徳岛県支部は1月15日に医疗救护班を派遣したと発表した。今后、徳岛県支部からは引き続き第2班となる救护班とコーディネートチームおよびこころのケア要员を被灾地へ派遣し救护活动を行う予定ですと贬笔に记载してあった。

ある切っ掛けで、日本赤十字徳岛支部に就职した卒业生の贵君が医疗救护班第2班の一员として能登地方に派遣されることを知った。「出発式があれば行きますよ」と、情报をくれた日赤の関係者に言ったところ、出発式の详しい日时を教えてもらった。地震発生时より时间は経っているが、未だに断水を始め復旧が遅れていることが日々报道されている。大変な任务を课せられているので、见送りくらいは行こう。厂先生は贵君の同级生だったことを思い出し、一绪に行くか声をかけた。

1月31日に日本赤十字徳岛県支部玄関前で出発式が行われた。そこには约10年ぶりとなる贵君の姿が见えた。见た目は学生时代と変わってはいない。一言二言くらいしか会话はできなかったが、苦しんでいる人々を救うという日赤の任务を现地で无事に遂行してもらいたい。

持参した颈笔补诲で写真を撮影したので厂君にメールで送信した。午后、医学部のある医局から电话があり、厂君に送ったメールが误送信である知らせがあった。同窓会名簿で确认しメールを送ったのであったが、それが误りであった。送られた方はびっくりしたかもしれない。
 

<令和6年2月5日:酒井>

noto-iryo2024.jpg

閲覧履歴

このページと関连性の高いページ