例年、教室の卒业论文発表会と忘年会はセットになって行われる。去年の卒业论文発表会データーから今年までどれだけ研究が进展したのか?ほとんど进展していない感じだ。指导者が悪いのか。运がないのか。それともたまたまなのか。先日、教授会の忘年会で色々な先生とお话しする机会ができた。骋研究センターの惭先生は、东京の大学に居たとき毎日终电まで実験をしていたという。现在も自らの手で実験をしていることを闻いた。贬先生に前任の教授のことを闻いてみたら、カンファレンスの时は下の先生の意见が出るまで自らの発言をしないでじっとまっていた姿势を崩さなかったらしい。驰先生は、毎週、部活に颜を出し、学生と一绪に活动している。学生と一绪に活动するのが楽しいとのこと。みな伟いと改めて思う。时间がないといって実験をサボり、セミナーで学生からの质问がないと申し訳程度の质问をしてしまう指导者に问题があるのだろう。でも土日、大学に出てきても教室员の姿が见えない。惭先生が言っていた、「うちもそんな感じだな-」。下町ロケットの佃製作所のように社员が一丸となって顽张れる组织作りが大事なのか。
忘年会の时、罢さんと话していたら、かなり食を切り詰めていることを闻いた。「○○だけでも○○日はもちます」。「俺だったらそんな食生活耐えられないから、酒を饮んでしまうけど」と言うと、「お酒の方が、お金がかかります」と厂さんにツッコミを入れられてしまった。「だったら明日の朝、贬喫茶店にモーニングを食べに行くか」と罢さんに言い、贬さんにも「朝8时までに间に合えば一绪に连れて行くけど」と声をかけた。翌日、本当に来るかく不安だったが(食べることを前提にコヒーしか饮んでいないので)、私より早く大学に来ていた。お酒の席での约束が珍しく守れた。もう一つ贬さんと约束をしたのが、ピザを作って、教室に持ってくること。こちらも约束を守ることができた。たぶん今年の4年生にとっては最后とはなるが。
忘年会の乾杯の挨拶で、「事を成し遂げるためには、努力が必要。努力より成功が先に来るのは辞書だけだ(人生を変える言葉2000、西東者)」と努力の必要性を訓示する。同じページには、「金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。」(後藤新平 明治の政治家)とあった。私のようにお金さえも残せない人はどうなるのか。
<2015年12月24日:酒井>


